二人のアートディレクター、清水敏男とジャン=ユベール・マルタンが 世界で活躍するアーティストを選定、アートワークをプロデュースしました。東京ミッドタウン全体をさまざまな文化が出会う庭園に見立て、都市とアートの新しい関係を提案します。メインアートはイタリア在住の彫刻家・安田侃による二つの彫刻作品『意心帰』と『妙夢』です。東京ミッドタウンを訪れる人々をやさしく出迎えます。
21世紀を迎えアートは都市を構成する重要な要素となりました。アートは都市を美しくするだけではなく、人々のこころにさまざまに働きかけ、都市に新しい生命を吹き込む役割を演じます。
東京ミッドタウンのアートワークは、アートと都市がこうした新しい時代を迎えたことを告げるものです。
東京ミッドタウンのアートプロジェクトでは、計画の当初からアートディレクターとアーティスト、施主、建築家、ランドスケープアーキテクト、インテリアデザイナーなど全ての関係者との緊密なコラボレーションによって計画が進められました。その結果、アートが建築と一体化し、さらには街や庭園の機能とも調和したアート環境が実現しました。
清水敏男
Toshio Shimizu
| 1953 | 東京生まれ |
| 1975 | ソルボンヌ大学フランス文明講座 |
| 1977 | 東京都立大学人文学部文学科卒業 |
| 1983 | ルーヴル美術館大学修士課程修了 学位論文提出資格取得 |
| 1985〜1991 | 東京都庭園美術館キュレーター |
| 1991〜1997 | 水戸芸術館現代美術センター芸術監督 |
| 1997〜2002 | 清水敏男インデペンデントキュレーター事務所主宰 |
| 1999 | 株式会社ムゼオ・ダルテ・ジブリ (三鷹の森ジブリ美術館) アドバイザー |
| 2002〜 | 有限会社TOSHIO SHIMIZU ART OFFICE 取締役 |
| 1998〜03 | 東京造形大学非常勤講師 明治学院大学非常勤講師 学習院女子大学非常勤講師 東京大学非常勤講師 |
| 2004〜 | 学習院女子大学教授 |
ジャン・ユベールマルタン
Jean-Hubert Martin
| 1944 | フランス・ストラスブルク生まれ |
| 1968 | ソルボンヌ大学美術史学卒業(フランス・パリ) |
| 1971〜77 | パリ市近代美術館キュレーター |
| 1977〜82 | ポンピドゥーセンター国立近代美術館キュレーター(フランス・パリ) |
| 1982〜85 | クンストハレ・ベルン館長(スイス・ベルン) |
| 1987〜90 | ポンピドゥーセンター国立近代美術館館長 |
| 1991〜95 | ワロン城美術センターアートディレクター(フランス・ポワトー) |
| 1994〜99 | アフリカ・オセアニア国立美術館館長(フランス・パリ) |
| 1997 | 現代美術センター・シーシーエー (CCA) 北九州のインターナショナルコミティー |
| 2000〜06 | クンスト・パラスト美術館館長(ドイツ・デュッセルドルフ) |
主な展覧会のキュレーション・コーディネーション歴
| 1988 | 「レオナール・フジタ」(東京都庭園美術館) |
| 1992 | 「ロバート・メープルソープ」(水戸芸術館、東京都庭園美術館など) |
| 1995 | 「ジェームス・タレル」(水戸芸術館) |
| 1996 | 「ダニエル・ビュレンヌ」(水戸芸術館) |
| 2000 | 「上海ビエンナーレ」(上海美術館) |
| 2002 | 「マシュー・バーニー『クレマスター』フィルム・サイクル」(渋谷・シネマライズなど) |
| 2006 | 「二つの山-畠山直哉 バルタザール・ブルクハルトー」(東京アートミュージアム) |
主な展覧会のキュレーション・コーディネーション歴
| 1982 | 「シドニー・ビエンナーレ」コミッショナー(オーストラリア) |
| 1989 | 「大地の魔術師」展(ポンピドゥーセンター国立近代美術館、ラ・ヴィレット) |
| 1993 | 「シドニー・ビエンナーレ」コミッショナー |
| 1995 | 「ヨハネスブルグ・ビエンナーレ」コミッショナー(南アフリカ) |
| 1996 | 「サンパウロ・ビエンナーレ」コミッショナー(ブラジル) |
| 2000 | 「第5回目リヨン・ビエンナーレ」コミッショナー(フランス) |















