INTERVIEW

INTERVIEW

離れた人を想う気持ちを伝える「母からの仕送りシール」が生まれるまで ー TOKYO MIDTOWN AWARD デザインコンペ受賞作品商品化の裏側【02】

「母からの仕送りシール」パッケージ

パッケージからディスプレイまで、
デザインを形にするカモ井加工紙の技術

「母からの仕送りシール」 使用イメージ

―― 商品化にあたって、カモ井加工紙さんにオファーされたとのことですが、その理由についてお聞かせください。

山中:カモ井さんはマスキングテープ界の王者というか(笑)、知名度が高いのはもちろんですが、同じくTMA受賞作で商品化された「okokoro tape」を制作されていたことと、展示会などのイベントやオリジナル商品への取り組みを拝見していたので、東京ミッドタウンの担当の方につないでいただきました。

山中桃子:グラフィックデザイナー

「okokoro tape」:TMA2008デザインコンペ学生の部 審査員特別賞(小山薫堂賞)を商品化したプロダクト。受賞時の作品名は「つまらないものですが。」、作家は冨田千恵。

―― 商品化にあたり、高塚さんが本作品に感じた印象をお聞かせください。

高塚:こういう商品はいままでにないなと率直に思いました。離れた親が子どもを想う気持ちや、うざったさもあるけど嬉しいと感じる子どもの気持ちは、自分にも身の覚えがあったので、ほのぼのした商品になるだろうなという印象を持ちましたね。TMAを通じての商品開発は、2008年の「okokoro tape」に続き今回2度目でしたが、「くっつく、貼る」というのは我々の専門分野であり、弊社の技術を生かした商品開発として取り組みやすかったです。

―― それでは、具体的にシールとして商品化するにあたり、現在の形状になった経緯を教えてください。

高塚:シールをつくるという話だったので、通常ならシートにした商品を袋に入れて販売しよう、となりがちですが、私たちはテープメーカーなので、テープにできないかなと考えました。シールのデザインが10種類あり、これをそのままテープ状にするのは少し難しかったので、配置を変えたり、ピッチが合うようにしたりと試行錯誤しました。デザインを損なわないように、値頃感のある商品にするための費用も計算しながら、折り合いがつけられるところに落とし込みました。

2017年の受賞時のプレゼンテーションシート

最終的なシールのレイアウト。テープ状にするための試行錯誤が行われた。

―― パッケージは段ボール箱のようなデザインですが、このアイデアはどのように生まれたのでしょうか?

山中:私からアイデアを出させていただきましたが、実現するにあたり、カモ井さんの協力が本当に大きかったです。パッケージは段ボールにしたいという想いが強かったのですが、印刷してみると小さい文字がつぶれやすいという問題があったんです。そこで、カモ井さんから段ボールに別の紙を貼り合わせるという提案をいただきました。そうすることでオフセット印刷が可能になり、細かい文字も見やすくなりました。手のひらに乗るサイズ感もとても気に入っています。

商品化前のシールのデザイン

―― パッケージには新聞をモチーフにしたしおりが同封されていますが、こちらは山中さんのアイデアですか?

山中:私の発案で入れさせていただきました。この商品が、離れた人を想って何かを送る時のためのシールだということや、シールができるまでの物語が伝わるような仕組みをつくりたいなと思っていたので。新聞風のデザインは、よく野菜などを新聞で包んで送っているのを思い出して、提案しました。新聞紙っぽい紙の種類については、カモ井さんからアドバイスをいただきました。

高塚:物を送る時の緩衝材も無駄にしないという考え方が、商品のコンセプトに合っていて、とてもいいアイデアだと思います。

当時のラフスケッチ

商品に同封された「仕送りシール」ができるまでが記された仕送り新聞

―― 昨年の12月より試験販売が開始されましたが、実際に商品が店頭に並ぶことへの気持ちをお聞かせください。

山中: 先日、実際に販売を行っている、蔵前にある「mt lab.」にうかがったのですが、想像以上に目立つ場所に置いていただいていて、商品としてお披露目できたよろこびを実感しました。今回はディスプレイデザインの提案もさせていただき、「mt」のアートディレクターの居山浩二さんにもチェックしていただきました。さらに現場のスタッフさんの工夫で、実際に箱にシールを貼って飾っていただいたりと、商品のよさがより伝わる工夫をしてくださっていることが本当に嬉しかったです。

当時のラフスケッチ

「mt lab.」内でのディスプレイの様子

高塚: 「mt」は、アートディレクターの居山さんと一緒に進めているのですが、「mt lab.」という直営店は、実験的な試みやさまざまなトライアルをすることで、世に問うための場になっています。「母からの仕送りシール」は、東京と大阪の「mt lab.」の店舗に置かせていただいていますが、来店の記念に購入する方も多いと聞いています。店舗のスタッフもつくることが好きなので、パッケージを活かした独自のディスプレイづくりを楽しんでいました。しばらく店舗では取り扱いたいと思っていますし、オンラインの販売も1月からスタートしました。

山中: 商品化のプロセスを通して一貫して感じていたのは、カモ井さんのアイデアを実現する上での技術力やフットワークの軽さです。デザインについての理解がとても深いので、アイデアに対して共感いただいた上で、さまざまなことを積極的に提案いただきました。大きな企業でここまでデザインに寄り添ってくださる会社はなかなかないなと思いました。

高塚: 私たちは決して器用な会社ではないので、自分たちのできる範囲でやれることをやっているだけなのですが、とりあえず動いてみようという社風はあると思います。動いてみることでTMAのような出会いが生まれることがあるので、そういったものを見逃さないようにしたいなと思っています。これまでにも、アイデアを早く商品化して世に問うことで、お客さんのリアルな反応を見るということをたくさんやってきましたが、今回もいいアイデアをいただいたので、つくることに専念できました。

―― アワードの受賞から商品化までを振り返ってみていかがですか?

山中:初めて挑戦したコンペで大きな賞をいただき、そこから商品化の企画、制作という未経験なことばかりでしたが、こうして形にできたことはとても自信に繋がりました。コンペに挑戦するのは敷居が高いと思われがちですが、TMAは学生からクリエイターまで間口を広く募集しているので、アイデアを発表する最初の一歩としていいきっかけになると思います。一度垣根を超えてしまえば、「自分はこういうのがつくりたかったんだ」という気づきにもなります。

今回の商品化は、打ち合わせはすべてリモートで、一度も対面でお会いすることなく制作を進めてきたのですが、TMAの方々がとても親身にサポートをしてくださったことが本当に心強かったです。チームで1つの商品を作るという貴重な経験をさせていただきました。

―― カモ井さんは、TMAを通した商品開発についてどのように考えていますか?

高塚:2008年の「okokoro tape」の際にお声がけいただいたのは、私たちが、東京ミッドタウン・デザインハブでキッズ向けワークショップを実施していて、それをたまたまアワード担当の方に見ていただいたことがきっかけだったんです。今回も山中さんが発端となり、東京ミッドタウンを介してつないでいただいたことで、とてもいいご縁が生まれたと思っています。受賞してから3年経ったアイデアの商品化で、こんなにも親身になってサポートしている姿にも感銘を受けました。

心のやりとりを丁寧にできる、ものづくりを続けていきたい

―― 今回の商品化を経たいま、今後の仕事に対する思いをお聞かせください。

高塚:我々の培ってきた紙と粘着技術でできるものであれば、これからもいろいろなことにトライしていきたいと思います。紙と粘着技術だけでもまだまだ可能性があるはず。TMAから生まれたいいアイデアやコンセプトとの出会いを通して、私たちも一緒に勉強したいし、チャレンジしていきたいと思っています。

カモ井には「程(ほど)」という社是があるのですが、ほどほどにしなさいという意味ではなく、「身の程」、つまり自分の得意分野を知ることだと、私は解釈しています。ニッチな分野ではあるけれど、自分の特性を生かしていくことというか、その流れの中でいい商品がつくれたらと思っています。

山中:商品開発はもちろん、販路もどう整えるかわからない状態だったのですが、今回はTMAやカモ井さんをはじめ、プロフェッショナルな方々にたくさんのアドバイスをいただき完成しました。自分でディレクションする楽しさや難しさ、奥深さを得られたことは、今後の仕事にも生きてくると思います。

普段はクライアントワーク中心なので、自分が作りたいものを自由に作るということがなかなかできていなかったのですが、コロナ禍で人に会えずモヤモヤしていた自分が、商品化という一歩を踏み出す勇気を持てたことは、とても大きな出来事だったなと感じています。

個人的な仕事における信条として、「心のやりとりを丁寧にできるものづくりをしたい」という想いがあります。華やかなイメージを持たれがちなデザイナーという職業ですが、実際は地道な作業の繰り返しで、人ありきの仕事だと思うんです。お互いの気持ちを丁寧に交換することで、はじめてみんなが満足して喜んでもらえるものを作ることができるのだと思っています。これからも、常にこの気持ちを大切にしていきたいです。

「母からの仕送りシール」商品撮影:玉村敬太 文:高野瞳 編集:堀合俊博(JDN) 初出:デザイン情報サイト「JDN」 掲載日:2021年3月18日

山中 桃子/グラフィックデザイナー

山中 桃子 Momoko Yamanaka
グラフィックデザイナー

1991年神奈川県生まれ。桑沢デザイン研究所を卒業後、数社のデザイン事務所を経て2015年より岡本健デザイン事務所に所属。伊勢丹の新包装紙「radiance」や、京都の寺院で毎年開催される「京焼今展」のメインビジュアルなどを担当。個人で制作した「母からの仕送りシール」がTokyo Midtown Award 2017で準グランプリを受賞。2020年12月に同作品の商品化が決定。